東海ラジオ1332Khz
熊木杏里のウェブサイトkumakianri.comで発表している
小説「価値の音色」の続きを
ミッドナイトスペシャル「熊木杏里の夜なよな白書」内で募集中
応募によせて頂いたリレー小説をブログ内でご紹介させて頂きます。
応募先宛先
郵便番号461-8503
東海ラジオ「熊木杏里の夜なよな白書」
または、anri@tokairadio.co.jpです。
「価値の音色」
1
今日で、ぼくのお姉ちゃんは二十歳になる。いつもよりも憂うつな〝誕生日〟。ねずみ色のカーテンにユラユラ揺れる影。暗いケーキ。お父さんもお母さんも・・・お姉ちゃんもみんな黙っている。そう・・・もうすぐだ。アノ瞬間がきてしまうからなんだ・・・。ぼくも待った。
「詩織・・・早くして」
お母さんはお姉ちゃんに何を期待しているのだろう・・・と心の中で思った。息を吸ってふぅ、と火を消した。そしてお姉ちゃんは言った。
「私は・・・ピアニストになりたい。誰よりも素敵なピアニストになって世界中をまわりたい・・・色んな人に聞いてほしい」
ギュッと目をつぶってしばらく待った。みんなも同じようにしていた。一分ほどそうしていたけれど何も起こらなかったので、ぼくは、お姉ちゃんは「世の中的合格者」の印をもらったのだ・・・と思って安心した。皆もそう思ったのか、緊張がふっと切れたように、やわらかな肩がおりた。そんな瞬間だった。お姉ちゃんの体が足のつま先から見る見る赤くなりはじめた。お母さんが悲鳴をあげた。お父さんは、イスをけとばして立ちあがってあわてた。お姉ちゃんは、体の中で起こっている何かに泣き叫んだ。この世のものとは思えない声をあげ、お姉ちゃんは死んだ。
2
父は政治家で、母は銀行員。あれから十四年が経ち、ぼくは父の勧めで、とある企業に就職するため大学に通っている。なんでも、エリートばかりが集まったスゴイ会社なのだそうだ。ぼくには、そんな将来が待っている・・・。この国では、二十歳になった人間は、その後、毎三年ずつ〝誕生日〟に「世の中的審査」を受けなければいけない。そして世の中のためにならないと判断された人間は処分されてしまう・・・。ぼくの姉のように。だから二十歳を過ぎる前に、大人たちは必死にぼくらを「世の中的合格者」にしようとするのだった。だけど姉は死んだ。
「おぅい!若松」
「三室くん」
彼は同じ大学に通うぼくより二つ年上の、エリートらしくないエリートだ。
「今日は、外で昼めしか?」
「うん、天気はいいし、校内より気持ちいいと思って」
そう言ってぼくは手を空に伸ばした。
「お前はいつもそうだな、なんか変な奴」
三室くんは、口は悪いけどとてもやさしい。この学校で唯一、ぼくと話をしてくれる。
ベンチに腰かけ二人で昼食をとった。
五限の授業は、どこからか呼ばれたお偉い教授のおハナシに変わった。
「えーみなさん。わかっているとは思いますが、今、私たちは日本の将来のために、欠かせない人材を育てようと必死なのです。科学の発展により様々な企業は、新しく優秀な力を加え、あらたな発見とともに成り立っている。そして優れた薬剤で、人の命を救うために、日々、研究を重ねてゆく人たち。私たちはそんな人間を育てるために努力しているのです。それなのに、先日、それを侮辱し、自分の行いを省みないバカ者が一人、処分された。みなさん、こういう人間に未来はありません。自分の行いをよく考えて下さい。まぁこの中に、そんな考えを持った人間はいないと思いますが・・・」
ぼくたち生徒は、この話を聞いてどう思うのか、それは簡単だった。バカな奴・・・。みんな心のどこかで見て見ないふりをしている。
「先生!」
誰かが手をあげた。
「なんだね」
見ると、三室くんだった。
「質問してもよろしいですか!」
「どうぞ」
「そのバカ者は、何をして処分されたのですか?」
教室は静かだった。その教授は少しほほえんで言った。当然、あれだろうと声が聞こえてきそうだった。
「君はなぜそれを知りたいのだね。なんの参考にもならんよ」
「ぼくたちは、今後の社会を背負っていかなければならない立場にいます。ですので、現状である、その行動については知っておく義務があると思います」
もっともらしいことをらしくないように三室くんが言ったので、ぼくはおかしくなった。教授はニラんだ。
「彼は、二十三歳の審査の時にこう言ったのだ。こんな世の中はクソだ。オレは絵かきになる・・・と。世のためにならん奴には未来はないのだよ。皆、いいかね、誰かのためになる素晴らしい未来を夢見てくれたまえ。これでよいかね。質問が以上なら私の話は終わりだ」
3
父の背中を見送ったのは久しぶりだった。
「母さん、今朝は父さんが遅かったんだね」
ぼくが言うと、
「そうね、昨夜ちょっと帰りが遅かったからね」
母は台所を片付けながら言った。姉が死んで十四年経つが、ぼくが受けた悲しみよりずっと重いのだろう。
「そうそう、昨日、あなたの学校にお父さんの友人の駒込教授がお話しに行ったでしょう?」
「え?」
「あれね、お父さんが学校に頼んで、先生に承ってもらったのよ。駒込さんもいつのまにか名誉教授なんてすごいわねぇ・・・」
父が、政治家として偉いということは知っていた。きっと姉のために、この国を変えようと思っているのだろうと、ぼくはそう思っていた。だが昨日来たあの、教授が父の友人だったと考えると、ぼくは・・・複雑になった。
むいてあったリンゴを手にとり部屋へ戻ることにした。学校までまだ少し時間があったので、ベッドに横になった。父が政治家になったのは、ぼくが十歳の時だった。すでにこの国がオカシくなっていた頃だったから、父のように、国のためにと申し出れば、政治家になることはたやすかったはずだ。それはぼくが父を信じてのことだが。だから、父が政治家になったと母から聞いたとき、ぼくは密かに考えたのだ。ピアニストになろうと。
4
何年か前に比べこの国で「処分」をされる人間は減った。ぼくたちのような若者にとっては、わざわざねぇ・・・というようなある種、自殺に近い感覚なのだ。だから学校では、馬込教授の話した「処分」についても、一夜明ければなんでもないことになる。一限目の授業を終え、ひとりでテラスに座りながら、思っていた。
「若松」
「うわっ」
だれもいないと思っていたから驚いたが、後ろに三室くんが立っていた。
「どうしたの?」
ぼくが聞くと、表情を変えずに言った。
「昨日のアレな・・・。なんか久しぶりにショックだったよな」
「あぁ」
ぼくは意外とは思わなかった。みな、アレを言ってしまえば「処分」になるということを気づかないうちに埋めこまれてしまっているから深く考えないほうが当然なのだが、三室くんの昨日の反応からして、この感慨深い言葉は、予想していた。
「そうだね」
ついぼくも本音が出た。
「え・・・」
三室くんはやっぱり少し驚いて言った。
「お前はやっぱり変な奴だな・・・オレ、この気持ちをどうしていいのかわからなくて・・・親には言えないし、って考えてたんだ。お前をさぐろうって思ってボヤいてみたら・・・「そうだね」だって・・・やっぱり・・・」
ぼくは、三室くんがあんまり明るく言うからとまどったが、「処分って聞いて悲しくならない方が、変だよ・・・ぼくだって・・・」
「若松の親父ってあれだろ、政治家の若松さんだろ」
「うん・・」
この学校で多分大半の人が、ぼくの父親が政治家だと知っている。だからぼくには、友達がいなかった。みな敬遠するのだ。
「でもお前さ、自分も政府に貢献しますって面、一度も見せたことないし、逆にいつも、それとは遠いところにいるような気がしてさ。ずっと知ってたけど、オレはそんな若松に興味あったよ。こんな話、大きな声じゃ言えないけど、政治家の息子が、悲しいとか言って平気なのかよ」
「ぼくは、ぼくだし・・・それに」
言いかけてぼくは心のネジがゆるんだのがわかった。
「うぅ」
「何泣いてんだお前・・・」
三室くんがきっとまた、エリートらしくない動きであわてているのだろうと思うと、おかしくなったが、ぼくは、はじめて、友達の前で泣いた。三室くんの手が頭をなでてくれているのを、うっすらと感じた。
5
「のぼる、のぼるおいで」
姉がぼくを呼んだんだ。古いふすまの前で笑いながら立ってた。ぼくはタタミを歩いて近づいた。
「なぁに、お姉ちゃん」
すると姉は嬉しそうな顔で静かにしてと口にひとさし指をあて、父の書斎へ向かったんだ。そこはいつも何か重い扉でできているような沈黙した空気に満ちていた。
ぼくは厳しい父の姿を知っていたから、父のいないすきに勝手に書斎に入るなど危険だと体が察知した。
しかし姉はおかまいなしにドアを開けた。
ガチャッと心地よい音がして茶色のそのドアはギィッとぼくたちをむかえ入れた。本がたくさん並ぶ部屋へ先に入った姉は、すぐさま父の机のあたりから一冊の本を持ってきたんだ。
それは『月刊ピアノ』という雑誌だった。とても古びたものだったと思う。姉は確かその雑誌を『二十年も前のよ』と言ってたんだ。
「おい、ちょっとまてよ」
図書館に三室くんの大きな声がひびいた。
「うるさいよ!」
すぐさまだれかから声がとんだ。
申し訳なさそうにペコッとして三室君はすわった。ぼくはこの人のこういうところも大好きだ。
「ぼくが五歳のころの話だから・・・あまり自信もてないけど・・・」
「いやでもよ・・・」
「わかってるさ」
「姉が死んだ二十歳の誕生日はそのことがあったすぐあとだったんだよ。ぼくに見せてくれた『月刊ピアノ』を見て姉は願ってしまったんだ、ピアノ弾きを・・・ね」
「お前の姉さん・・・いけないことだって知らなかったのかな・・・それに、いつまでそういう本が普及してたんだ・・・お前の親父が隠しもっていたってことはすくなくとも・・・」
「父さんが二十歳のころはまだあったんだ。好きなことができた世の中が。ピアノも絵もあった。みな自由な夢を現実にしていたんだ」
ぼくたちはだまりこんだ。
あれから十四年、当時住んでいた家はとりこわされ今は新しい家にぼくら一家は住んでいる。だから父がまだあの雑誌を持っているという可能性は極めて低い。
「ぼくは、きっと・・・父さんの夢は今も昔もピアニストのまま変わってないと思うんだ。信じたいだけかもしれないけれどあの後ひとりでぼくが書斎へ入ったとき探したけどそれらしき雑誌は一冊もなかった。ただ姉がみせてくれたあの『月刊ピアノ』あれだけがぼくの知りうる父さんの中で異例なものなんだよ」
「親父に・・・聞いてみろよ・・・」
当然だ。三室くんがそう言うのはわかる。でもぼくはここから先に踏み入れてはいけないあの父の書斎を見ていただけの時のように重くるしい気配を充分に感じていた。
(熊木杏里作 価値の音色1〜5)
これより、リレー小説です。
6
価値の音色(2006.7.25放送分)
——————夢をみた。
四方をコンクリートで囲まれた薄暗い牢屋のような部屋で、ぼくは膝をかかえている。どこからともなく、音楽がきこえてきた。
なんといえばいいのかな…。とにかくやさしくて、あったかくて、眩しいようなメロディ。どこかの誰かが昔いってたのを思い出した。
『人はたとえば、愛する人がドアを閉める音だったり、階段を上がる音だったり、水道をひねる音だったり、そんな、音をきくことで幸せになれるって、自分たちはそんなニュアンスで音楽をつくりたいって』
きこえてきた音楽はまさにぼくが想像していたそんな音楽に思えた。
気がつくとぼくのまわりに寄りそうようにいくにんかの人の気配が…。
人じゃなかった。その者たちは、ものがたりや映画にでてくる怪物たちだった。一角獣や一つ目小僧や伝説の怪物が、背中を丸めて、肩寄せ合って「癒されますぅ〜」って感じで目を閉じて音楽に耳を傾けた。そうして、いつまでも怪物たちといっしょに音楽をきいていた。
不思議な夢だった。
明くる日、目が覚めて、夕べのメロディを思い出しつつ、ゆっくりと洗面台にむかう。自分がそのメロディをはっきりと憶えていることがわかって、一瞬、うごきをとめる。
「すごいかも…。なんか、これって、すごいかも」
そうつぶやくと、勢い良く蛇口を開き顔を洗う。
「すごいぞ。すごいぞ」
————排除されるー
もしぼくがピアニストになろうとして、それが奴らに排除されることになっても、ぼくの魂やぼくの心の中で鳴っている音楽に対しては、奴らは、なんにもできないだろう。
音楽や絵はきっと心だとか、気持ちと同じような感じでぼくのなかに漂っているんじゃあないのかなあ。ましてそんなものに感動したことがない奴らにぼくの中にあるそれに気づくことができるだろうか。誰もそこには、これないだろう。でも、いっしょに聴きたいっていうなら、いつでもぼくは分かち合いたいけどね。たとえ、おえらい役人とだって、感じるところは違ってもいっしょにその空間にいることは出来るって。
「どうしたの?鏡に向かって怖い顔して」
母親がいつのまにか後ろに立っていた。
「なんでもな〜い」
うたうようにそう言って、トイレに駆け込んだ。
とにかく、しばらくは、この想いを心の奥底にしまっておこう。
そう硬く誓うとのぼるは、用もたしてないトイレの水を流した。
(つづく)
執筆者 ラジオネーム てくてくハート さん
価値の音色(2006.7.25放送分)
7
価値の音色(2006.8.15放送分)
唐突だった──
“世の中的審査”は、もう受ける必要がないという報道があった。世の中のためにならない意見をいっても罰せられない、という意味ではない。新しい装置が考え出されたのだ。
テレビ・スクリーンに映し出された、黒ぶちのメガネをかけたアナウンサーは、原稿を読みあげた。
「これまでは、本人が発する言葉をもって審査がなされたのですが、今後は“考えただけ”で、合否の判断がなされます。リアル・タイムでモニターすることにより、20歳以降“3年おき”という審査は省かれ、より効率的な運用が可能になります」
ぼくは、ぞっとした。ぼくだけではないはずだ。“考えただけ”というのは強引すぎる。実行に移さないまでも、想像することはよくある話じゃないか。もちろん実行はしていないが、ぼくだって、子供の頃いじめられ、その友達を殺したいと思ったことが、一度となくある。誰だって心当たりがあるはずだ。もし、リアル・タイムで審査され、そして、そして……不合格となれば、即座にお姉ちゃんのように……。
「しかし、ご安心ください」
アナウンサーは、逆説の接続詞を強調した。
「ここからは、新しい“世の中的審査”システムの開発に携わった駒込名誉教授から説明していただきます。教授お願いいたします」
駒込教授は、校内で見たときと同じ、薄ら笑いを浮かべ画面に現われた。
「えー、皆さん、いま、全国で、不安に思った方が大勢いるかと思います。何人、処分されるか分かったものではない。いつなのかも、分からない。あちこちで、唐突に、いくつも、人間の火柱が現われる!」
面白くもないのに白い歯を見せた。
「人はどうしても、よからぬ考えを想起してしまう。もしかすると、夢で考えるかもしれない。私とて、自信なんてない。何とか考えないようにしても、逆に意識してしまう。人間の潜在意識は“なになにしない”の“しない”否定形の部分を、削除してしまいますからね。考えないようにしても、無駄なのです」
教授はおもむろに、テーブルの下から、煙草箱程度の大きさの、黒い長方体を取り出した。カメラがよる。教授が箱を開くと、細い糸の先端(後端かもしれないが)に紡錘形の突起がある、物体が現われた。カタチは、顕微鏡写真で見たことのある精子そのもの。全長は、3cmに満たない。
「この新しい“世の中的審査機械”は、それを防ぐ安心機能も備えているのです。つまり、考えないようにするための装置といえましょう。最近は、大幅に減ったとはいえ、まだまだ“世の中的不合格者”が現出し業火に見舞われる。悲しいことです」
教授は、わざとらしく顔をしかめてみせた。
「この機械は、不合格者的考えを即座に判断し、まずは頭痛として皆さんに知らせます。夢でよからぬ考えをしても、即座に反応するのです」
いい忘れましたが、といって教授は、機械は頭頂部に埋め込み、線はアンテナとして表に出す。手術は5分とかからず、痛みもないと付け加えた。
「そして、無意識に不合格者になっていた人も、政府からの警告──いえ注意にそって“世の中的合格者”として
安心して生活できる画期的な装置なのです」
冗談ではない、とぼくは思った。まるで納得できない。自由に考えることすら許されないのか。
ベンネーム どんとはれ さんの作品です。
価値の音色(2006.8.15放送分)
8
(2006.8.29放送分)
「世の中的審査機械」の導入発表はきっと学校でも大騒ぎをしてるだろう。ぼくは今朝、父さんと母さんの顔をまともに見ることができなかった。姉さんの死は一体なんだったのか…。父さんは、どう思っているのだろう…。娘を死へとおいやった政府に、自らが貢献しているのだということを。長い廊下を歩き、教室につく間、じろじろとぼくのことを学友たちが見てきた。かばんをにぎりしめてぼくはまっすぐ歩いた。
「ガラリ」
ドアを開けると、にぎやかな声は、ひと言ひと言ぼくの耳に飛んできた。矢のように重く。
「世の中的審査ってどういうことぉ?」
「ねぇ…私たち…死ぬの…?」
「そんなもん、体に埋めこまれてたまるかよ」
様々な声は、どれも本当のことだった。ぼくは静かに席についた。
ポンと肩に手がおかれ、ふりむくと三室くんが立っていた。
「お…はよう」
なんだかぼくは、罪悪感を感じていた。こころなしか…三室くん…おこってる…?
「おうっ…ちょっと来いよ」
いつにない三室くんの表情に、ぼくは、ついていった。
教室を出ると、いきなり三室くんが言った。
「お前…知ってたのか?」
なへの底をこするような声だった。三室くんの哀しみと恐怖が、手にとれてわかるようだった。
ぼくは言った。
「いや、知らないよ」
ほっ…としたように一瞬、三室くんは肩の荷をおろしたようだったが、ため息まじりに続けた。
「いつから…あの制度が始まるんだ…」
ひとり言のようにつぶやいたので、ぼくは、やっぱり三室くんは、とても人間らしいと思った。
「きっとまたTVで、馬込が発表するさ。機械埋めこみの日時と場所と…それから…夢のない未来を…」
三室くんが、勢いよくふりむき、今にもぼくになぐりかかるような顔をした。
「お…」三室くんがなにか言う前にぼくはすかさず言った。
「だから……だから阻止しよう…ふたりで」
目と目がぼくと三室くんをつないでいるようだった。
「ねぇ」
女の声に呼ばれ、ぼくはふりむいた。
三室くんは、ぼくをよけるように、ぼくの後ろをのぞきこんだ。茶色い髪を高く結わいた、目のつりあがった女が立って、笑っていた。立ち姿は、いさましいものがあった。ぼくは知らない女の子だった。三室くんが
「だれだよ」と言った。
すると、ほほえみ、きゅっと上がった口がひらき、
「女性にむかってだれだよ、とは失礼ね、三室洋平!!」
指をさした。ぼくはぷっと笑いそうになった。女の子に指をさされて黙っている三室くんではないはずだ。
「なっ…なんでオレの名前知ってんだよ、しかも偉そうに、なんだよ、お前」
案の定、ぼくはやっぱりこの人が好きだ。
「あんた、何、笑ってんのよ。世の中大変なことになろうってのに。世の中的審査機械なんてまっぴらよ…ぜったいにやめさせてやるんだから…じゃないとあいつも救われないよ…」
一瞬点いさましい顔が…憂いを含んだように見えたが、また力強く次に女はぼくと三室くんをはっきり見て言った。
「あたし、東条緑子。世の中的審査撲滅目指して仲間集めてるの。協力してくれるよね」
不適な笑みから、笑いが消えた。ぼくは三室くんが横で、驚いているのを感じた。きっと三室くんも…それを感じているだろう…。窓からの風が緑子の髪を揺らした。
(2006.8.29放送分 価値の音色 作:熊木杏里)
9
(2006.9.5放送分)
姉が、二十歳の誕生日を迎える前、僕たち家族は旅行にいった。季節は夏だったように思う。おさないころの記憶……。
ボクの感じる太陽の気持ち。朝の日の出の太陽はなんかみずみずしく爽やかで彼もどこかうれしげで、それでいてはづかしいような落ちつかない感じで、空の東の方にゆらゆら顔をだす。お昼のころには、空のど真ん中に陣どってすごく得意げにもえている。夕暮れどきには妙に落ち着いた雰囲気で「ボクはこれから行くところがある」みたいな感じでどこかつれない様子。その昼と夕暮れの間の三時ごろの太陽は涼しげにのんびりとしていてしずかな平和な気分にさせてくれる。地上もそれにあわせてかなにかしずかな音の無い時間が流れているように思える。
—————そんな平和な時間のボクのおさないころの記憶。
ボクは小道を歩いている。とぼとぼとひとりで。まぶしい黄緑色がどこまでもつづく高原の風景。まわりに家らしき建物はない。小道からはるかにひっそりと木陰をつくる高くそびえたっているであろう大樹が確認できるのみで、あとはそよそよと風が通り過ぎていく。でっかく広がった青空にぽっかりと気持ち良さそうに雲がゆっくりとながれていく。いつもならはしゃぎたくなるような風景も道に迷ったちっちゃな男の子には不安をつのらせるいじわるなものでしかなかった。あたりは、ほんとうに静かで室内で感じるシーンとした感じではなくて、何か大自然の荘厳とした気配を感じさせる静かさが漂っていた。うしろをみても前をみても同じような風景があるだけで、永久に家族のところにたどりつけないような気持ちになっていた。まわりがあまりにも静かなので、荘厳な自然に気づかれないように、息をひそめて歩く。不安とさみしさとあせりで胸がきゅうきゅうしめつけられてのどがカラカラに渇いていた。
小道の脇の草むらからおどかすようにひょっこりと姉があらわれた。
「いたー!」
とわざとらしくゆびさしポーズをきめていたずらっぽく笑っている。
「どこいったかと、思った」
一瞬にして周りの景色が不安から安心に変る。
ボクは姉にしがみついた。いままで声も出さずに口をつぐんでいたので、しばらくしゃべれなかった。ただただ、姉の足にてをからませて、目をぎゅっとつぶっていた。姉のやさしいいつもの石鹸のにおいがする。
「ばかねー。のぼるは。ほんとに方向音痴なんだから」
ボクは言葉が通じない子猫のようになって、ただ、姉のはなしをきいている。
「そうだ!」
姉は明るくそう言うと、肩からさげている水筒から、トクトクとなにやらそそいだ。レモネードだ。姉はいつも家族の為に自家製のレモネードを水筒に持ち歩いていた。
「のどかわいたでしょ。のみなよ」
コップにそそがれた冷たいレモネードをボクの手にやさしく握らせた。コップの中をゆっくりのぞきこむといつもの甘くやさしいにおいがした。その瞬間ボクはコップをにぎりしめたまま、声をはなって大泣きした。姉は明るく笑って、
「なんで泣くの?泣くことないでしょ」
ボクの頭をかかえこむようになでる。ボクはあのときなんで泣いたのだろう。さんさんと輝く太陽やだだっぴろい高原や涼しい風、すべてが姉のやさしいいじわるのような気がして、くやしくて、うれしくて。
ただボクがそのとき感じたのは、姉が大すきだということだ。
ボクと姉はそれから、手をつないで歩いた。ときおりそよそよと風が吹く小道で姉は歌を口ずさんだ。あたりはあいかわらず静かにひっそりとしている小道に姉のやさしげな歌が風に流れた。ボクは姉のやわらかな手の感触をたしかめながら、いっしょうけんめい目の前の道を歩いた。
ボクはレモネードを飲むとあのときの高原のまぶしさや風、細く長い小道、そして、あのやさしい姉の笑顔や歌を想い出してせつなくなる。
—————そして姉は、その年の誕生日に処分されることになるのだ。
(9/5放送分 終わり 作:てくてくはーと さん)
10
(2006.9.19放送分)
三室くんを見た。目を伏せ腕組みをしている。考えているのだ。
そのとき、緑子の背中ごしに笑い声が聞こえた。
ふざけながら歩いてくる男と女が廊下の向こうから現われる。
緑子は首を後ろに回すと、すぐに元に戻した。
「ここは、まずいわ。中庭に出ましょう」といって声をひそめる。
「目立ちたくないから、ばらばらにいくわよ」
緑子は踵を返した。三室くんは緑子に背を向け反対方向に歩きだした。
ぼくは、しばらく考え緑子の後に続くことにした。
ぼくと三室くんは、一緒にいるところをよく見られていたからだ。
ただでさえ二人とも目立つ存在だ。ぼくが政治家であり内務大臣まで登りつめた、
若松清の息子であることを知らない学生はいなかったし、本人は意識していなかったようだが、三室くんも馬込教授に不敵な態度をとった生意気な奴として噂の的。
見ず知らずの緑子が名前を知っていても、驚くにはあたらない。
予想通り、緑子に対しては気にもとめないですれ違った男と女が、
ぼくが近づくと話しをやめ冷たい視線を投げかけてきた。通り過ぎても背中に感じる。
中庭につくまで何人かの横を抜けたが、態度は皆同じ。気分が滅入る。
それもこれも、あの機械のせいだ。
ぼくが中庭につくとほぼ同時に、三室くんも向こうからやってきた。
先にきていた緑子があごをしゃくる。目が、こっちにこい、といっている。
中庭を抜けてキャンパスの裏に出た。学内から出るゴミのすべてが集められ、
すえた臭いがするここには、用がない人間はよりつきそうもない。
用がある人間も頻繁にくることはないだろう。
「私についてきたということは、仲間になることを承認したとみなします。いいわね?」
緑子は自信ありげな笑みを見せた。
「その前に、いくつか訊きたいことがある」三室くんが怖い顔をしていった。
「どうぞ」だが、緑子は笑みを絶やさなかった。
「世の中的審査撲滅、その方法は考えているのか?」
「いえ、まったく」緑子は悪びれない。
「もちろん、これから考えるのよ。“考えるよりまず行動”というのが私の信念なの」
「根拠のない自信というやつか。結構なことだな」というと三室くんは続けた。
「あいつが救われない、とお前がつぶやいたが、“あいつ”とは誰だ」
「聞いていたのね」緑子は静かにいった。
「馬込の奴がいっていた“バカ者”。それ以上はいわなくても察しがつくでしょう?」
緑子はうつむき、ふっと息をもらした。悲しみが伝わってきた。
「この世の中はクソだ。オレは絵かきになる」といって燃やされた人は、彼氏?身内の誰か?いずれ彼女にとって、かけがえのない人だったことに間違いはないはず。ぼくと一緒だ。
かわいそうに……。
「ちっ!」
ぼくは、はっとした。三室くんの、舌うちだった。思わず三室くんを見た。
顔にはさっきより恐ろしげな表情が浮かんでいる。
「お前、わざとつぶやいただろう、俺たちに聞かせるために」
言葉には明らかに怒りがにじんでいる。
「その手の感情というものは、普通、心にとどめておくもので、実際に口に出したりはしない!違うか?くだらん演技でだまそうとしても、無駄だ。お前、政府の犬だろ?
最近、治安警察がこの大学に介入しているという噂がたっていたからな。
ああ、それなら納得がいくよ。あの卑猥な機械を真っ先に頭に埋めてやろう、
という人間を探していたというわけだ!」
緑子は下を向いたままだった。沈黙が息苦しい。本当に三室くんのいう通りなんだろうか?
そのとき、緑子の肩が上下に小刻みに動きだしたのに気付いた。
泣いているのかと思ったが、違った。くつくつと笑い声がもれてくる。
笑い声は大きくなり、いつしか辺りに響きわたるほどだった。
笑い声が突然やんだ。緑子がおもむろに顔をあげ、三室くんをにらんだ。
「政府の犬とはご挨拶ね!勘違いもはなはだしいわ!私は、仲間がほしいだけ。
そうよ!確かに演技をしたわ。あなたの注意をひくにはどうすればいいか、一晩、考えたわ。
鏡の前で練習さえしたわよ!いけない?」緑子の瞳が潤んできた。
「でも、審査をなくす……いえ、それだけではダメ。
クソったれ政府にひと泡吹かせてやるためには、一人の力じゃできっこない!
だけど、信用できる人間は限られている。頭にすぐ浮かんだのは、あなたたちだけ。
馬込が彼の話しをしたとき、大抵の人間がどういう態度をとったか、分かっているでしょ!」
そう。バカな奴、と知ったような態度をとる連中ばかりだった。
それだけならまだしも、政府に迎合する風を装いつつ、
今度は「機械を埋め込まれるのはいやだ」ときた。しかも、怒りの矛先はぼく……。
「どうあっても、なにがなんでも、行動しなければいけないのよ!
でないと、でないと……あいつが救われない……」
緑子の嗚咽が空間を満たす。ぼくには、かけてやりたくても、かけてやる言葉が見つからない。
「いいだろう」三室くんが口を開いた。「信用されたのは光栄だ。協力しよう。
いまのがもし演技だとしても、だまされてもいいという気にさえなる」
目を赤らめた緑子がなんとか笑顔をつくろい、うなずく。さっきまでの強気の態度は失せていた。目の前にはか弱い女がただひとり。ぼくは思った、この人を三室くんと一緒に助けてあげよう。
「ただし……若松はだめだ!」
「え?」何をいっているの?三室くんの言葉は理解不能だった。目の前が真っ暗になる。
体が鉛のように重くなり、立っているのがやっと。言葉の意味が飲み込めない。
「ぼ、ぼくは、最初に二人で阻止しようといった、よね?」
「ああ。だが、だめだ」三室くんは、ぼくの目を真っ直ぐ見据えた。
「ぼくが、政治家の子供だから?裏切るとでもいうの?」
「お前は裏切ったりしない!」三室くんはそう断言したが、なぐさめにはならなかった。
「だが、別の意味で政治家の息子というのはネックになる」
「どういうこと?」
「冷静に考えて、成功する確率は低い。限りなくゼロに近いはずだ。そうだな、緑子」
緑子がうなずくのが目の端に見えた。「失敗したら、お前の場合、お前だけじゃないんだぞ。
父親はどうだ?比喩的な表現ではなく、本当に首が飛ぶ。
大臣の息子が政府に反旗を翻してただで済むわけがない。死あるのみだ。母親はどうだ?銀行の副頭取、しかも、勤めている銀行は普通の銀行ではなく、
政府系メガバンクじゃないか。いっている意味、分かるな!」
「で、でも……」ぼくは、やっとのことでそれだけ口にした。
「それなら……」三室くんの顔は、いつの間にか悲しげな表情に変わっていた。
「お前の、死んだ姉さんは、どうなるんだ?」
もう十分だった。
東海ラジオ(9月19日放送分) ラジオネーム どんとはれ さんの作品です。
11
価値の音色 11月14日放送分
三室くんと緑子に背を向け、ぼくは歩きだした。なんだか疲れた。今日はもういいや。帰ろう。考えるのも面倒だよ。ふらふらと中庭まできたそのとき、テキストやら筆記用具やらパソコンやらが入ったバッグを、教室に置きっぱなしだったことに気づく。ほうっておこうかと思ったが、教室に戻ることにした。拾得物として掲示板に名前がさらされ、余計な注目を浴びたくもない。違うな。あの中にいる誰かに捨てられる確率の方が高いか。テキストなんか滅茶苦茶に破かれるだろう。パソコンは粉々……。そこまで考えると、ぼくはクスッと笑った。くだらないことを考えていると、馬込がいっていた“よからぬこと”を思ったりしなくなるんだな。すると、さっきまでの三室くんと緑子の顔が浮かんだ。ぼくは、首を振ってその映像を消した。
気づいたら、教室の前まできていた。扉を開けた。ガラガラと音がしたおかげで、またしても視線を浴びてしまう。どうにでもしてくれ。机に置いてあったバッグをつかみ教室を出ようとした時、チャイムが鳴った。同時に授業を受け持つ数学の教授が入ってきた。
「座れ、若松。なにやっている!」
嘲笑があちこちからもれてきた。ふん、好きにするがいいさ。ぼくは無視して立ち去ろうとした。
「キャー!」教室に女の悲鳴。教室の連中の顔が、一斉に、ただならぬ叫びがした方向に向く。なんてことだ!女子学生の背中から炎──。十四年前の光景がフラッシュバックする。世の中的審査!ぼくは、彼女に向かって駆け出していた。助けなくては!
ずっと後悔していた。お姉ちゃんは、ぼくの目を見て確かにいった、「助けて」と。でも、ぼくは後ずさりした。怖くても、5歳の子供でも、助けるのが不可能でもなにかしらの行動はしなければならなかったんだ。なのに、ぼくは……。死の瞬間の、お姉ちゃんの悲しそうな目が襲ってくる。
「どけ!」「邪魔だ!」呆然と突っ立っているだけの連中を突き飛ばしながら、ぼくは進んだ。走りながらジャケットを脱いだ。焦げた臭いがたちこめている。畜生!やめてくれ!目の前で人が死ぬなんて、もういやだ!
「熱い!熱いよ!助けて、誰かァ!」
彼女は白いリノリウムの床の上を、金切り声をあげて転げ回っている。誰も助けようとしない。というより、動けない。くそっ!
ジャケットを両手で広げる。背中の炎にかぶせ、体ごと押さえつけた。空気を遮断すれば消えるはずだ。彼女の背中からぼくの胸に炎の熱が伝わってくる。うつぶせの彼女は、苦し紛れに床をかきむしった。爪が割れ、白い床には何本もの血の赤い筋。ぼくは、必死におさえつけた。
やがて、胸に感じていた熱がひいていった。彼女の力も抜けていく。彼女はすすり泣いていた。
「大丈夫、大丈夫だ!」ぼくは、ゆっくりと彼女を抱き起こし、床に座らせた。彼女の正面に回る。顔は涙でぐしゃぐしゃだった。両手の指の先はどれも血だらけだった。
「とにかく医務室にいこう。この程度なら平気さ」
彼女がうなずく。ぼくは、彼女を抱きかかえようとした。そのとき、身長190はあろう黒のスーツを着込んだ男が、教室に入ってきた。髪はクルーカット、サングラスをしており、いかにも、という格好に不快感をおぼえる。男は、ぼくの目の前にきた。「医務室には、こちらで連れていく。これから重要な発表がある。お前はここにいて聞くんだ」
そういうと彼女を両手で軽々と抱えあげ、教室から去った。ぼくは、見送るだけだった。本能が、逆らっても無駄、と告げていたからだ。教室の正面にあるホワイトボードが、ブーンという音をたて、スクリーンに変わった。その奥には、馬込!
「驚いたかな、諸君」馬込は夕べと同じ薄ら笑いを浮かべている。
「死にはしないさ。世の中的審査の処分におけるマイクロウェーブ照射、その本来の出力に対し、たかが5パーセントに過ぎないんでね。要は、見せしめということだよ。いまのは、キャンパス全体にライブで放映されている。ショーのあった教室をのぞいてね」
ショーだと!悪趣味過ぎる。ひど過ぎるよ。お前は、人間なんかじゃない!ぼくは、立ったまま両手のこぶしを握りしめていた。
「しかし、諸君らには失望したな」馬込の顔色が変わった。
「この最高学府において、この国を担うエリートになるべき諸君らが、考えないどころか、不平・不満ばかりを口にしやがって!新しい“世の中的審査”がスタートする前に、貴様ら全員、灰にしてやろうか、ええ?その方が、機械を埋め込む手間が省けるというものだ」
11/14放送分
12
(「価値の音色」1月16日放送分)
ただ、ここに居たくなかった。スクリーンに映る駒込の顔も、周りにいながら、助けようともしなかった人間も、何もかもうんざりだった。
大学の外に出てあてもなく歩き出した。目に映るのはアスファルトと人の足だけ。
人の顔を見たくなかった。…どこかで休もうか。
暫く行けば公園がある。子どもたちも遊ぶことを忘れた公園。少しひとりでいたい。
自分でも意外なほどに今は冷静だ。さっきは単純に彼女を助けたいと思い、
反射的に足が動いた。怒り、憎しみ、恐怖、あらゆる感情が、言葉にできない感情が、僕を動かしたのかもしれない。
けれど、今は自分たちがおかれている状況を、この緊縛の状況を意外にも考えることができる。
人はあまりにも恐ろしい状況に向かい合ったとき、何も感じなくなるのかもしれない。感じてしまえば、壊れる。以前聞いた話を思い出した。
とある十二歳の少年の母が、自分の手首を切って、自殺しようとした。手首を切ったことに気づいた少年はすぐに救急車を呼んだ。隊員の人に、
「一緒に来る?」と聞かれたが、
「ううん、いろいろしなきゃいけないし…。」
と無表情で言った。その少年は血まみれになった台所に水を流し、自分の手が赤く染まりながらも洗った。その後母方の祖母に電話した。二回目の電話でやっと繋がった。その瞬間少年は大泣きしたという。
きっと安心したのだろう。この話を知ったとき、少年の気持ちはどのようだったのかと、ずっと考えていたが、今はなんとなくわかる気がする、いや、ずいぶん前にわかっていたのかもしれない。
地面を見ると蟻がせっせと働いている。僕は少し蟻の懸命さが好きだけど、駒込たちが作ろうとしている世界は、蟻の世界に似ているのかもしれない。蟻たちは何も考えず、ただ必要な行為だけを求められている。夢を見ない。そして弱った仲間の傍を世話しなく歩く。
蟻の世界という「世の中」を見ていると少し悲しくなった。僕たち人間の世界でもこんな風になるのだろうか。
「世の中」という巨大な機械の、冷たい機械の一部品に過ぎない存在へと。
いけない!!悲観的になってばかりじゃ!このままじゃ悲しみの沼にとらわれたままだ。今は気持ちが晴れることはない。その気持ちを晴らすためには、自分自身が立ち向かう必要がある。どうにかして駒込のやっていることを止めさせることはできないだろうか。
駒込は、くだらない夢を持つ人間を不必要と考えているようだが、自分にとって駒込こそ不必要だ。でもそんな風に「不必要」と考えることも問題で、言ってることも結局同じだ。何か別の方法であいつを変えることはできないものか。
気づけば日も傾いていた。
(1月16日放送分)
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